ブルーアーカイブを見た(実装順:vol.1対策委員会〜恒常イベント〜最終章)

ブルアカをやるに至った経緯

この告知が出た瞬間、シナプスが活性化したから。

その後、

www.youtube.com

この配信を見てから始めた。

 

ブルーアーカイブを見るにあたって

まず自分の感想にあたる怪文書を開陳する前に。

自分がブルアカをプレイするにあたって、

「ストーリーが良いらしいから優先してストーリーを読みたいが、どれくらいの時間がかかるものなのだろう」

というところが気になっていた。

もしそんな人がいれば、以下を参考にして欲しいと思うので書く。

誰だって神絵師の描く二次創作がわかるようになるまでどれくらいかかるか気になるだろう。

 

ブルアカ3周年で、名取さなと卯月コウのブルアカ活動が活性化するにあたって、インターネットも加速していった。

その一環としてあぐすけさんのこのツイートがあり、このチャートに従ってプレイすることとした。

結果、このチャートのおかげでブルアカを満喫することができたのであぐすけさんには感謝の念に絶えない。

⚪︎上記チャートを消化するにあたった期間

2024年1月25日〜2024年2月29日

現行のストーリーを最終章まで走り切るには、1ヶ月必要だった。

⚪︎自分が1日にブルアカに費やす時間について

週5フルタイム勤務で、家を出る前の10〜20分と、家に帰ってからの1〜2時間。休日は適当にプレイ。

⚪︎イベントプレイ

上記期間内にはイベントも開催されていた。周年だし。

『陽ひらく彼女たちの小夜曲』

プレイを始めた時に開催されていた大きなイベント。プレイできるようになるまでは一定以上の進行が必要だったが、2日後ぐらいにはプレイしていたように思う。とはいえ手持ちの育成が間に合わずイベントプレイはしているが、走れてはいない、という感じ

『聖堂のメリークリスマス』

復刻イベ。ボックスガチャを良いところまでは消化した。イベントはできた、という感じ。

『0068 オペラより愛を込めて!』

現在進行中のイベント。これは完全に走って、走り切った状態になっている。むしろ加減がわからなくてやりすぎた。高難度はレベルが足りないため1/4しかできていない。

と、まあこのようにストーリーを消化しながらイベントもやっていた。

ゲーム内容だけの感想としては、はるか昔にやっていたデレステFGOよりは必死にやらなくてもちゃんと消化できる。

『0068』に関しては初めてイベントをちゃんとプレイしようと無課金内でできることは準備して臨んだ結果、イベント終了3日前時点で特にできることがなくなってしまった。

⚪︎ガチャ・課金について

課金は必要ないと思う。周年スタダでガチャにも恵まれたからかもしれない。

所持している最高レアリティ星3キャラ一覧1

参考:所持している最高レアリティ星3キャラ2

とはいえ、ストーリー消化やイベント消化をすれば、3回ほど開催ガチャに臨んでもまだもう2回ほどはガチャに臨める石をもらうことができている。

課金は高難度に臨むにあたって理想のシステムを組むためや、推しへの貢ぎとして引きまくるようなことがないと必要には駆られない。それらがソシャゲの醍醐味ではあるけども。

⚪︎最高レアリティ星3キャラについて

もちろん、ガチャを全く引かずにプレイすることはできない。そも、ソシャゲはどれもそうだろうが、ガチャを引かずに貯めるという行為は育成や成長の阻害となる。

でも、ガチャ運・星3キャラの入手頻度よりも、育成にどれだけリソースが割けるかが最も大事なゲームになっている。

そういう意味では、育成システムは一見しただけではわからない。絶対に調べたり教えてもらう必要がある。どれがどのパラメータに対しての育成アイテムなのかを理解するには時間が必要ではないだろうか。

なんなら、正直石を貯め続けても育成に充分リソースが割けていればゲームプレイには問題がないデザインになっている。

自分は上記のように運がよかったけれども、ブルアカプレイヤーの誰もが言っているように大変なのはキャラの成長と育成だ。

以下、自分が現時点オススメだと思うブルアカを始めるにあたってのキャラについて書く。一意見だ。念のため。

⚪︎初期所持キャラ、ユウカの育成

ユウカに育成のリソースは一旦全て注いでも良い。ユウカと以下に書くコタマとセリナを固定にしてあとはゲームに応じたアタッカーキャラを選択して手動プレイすれば大体のゲームはクリアできそうに思う。

⚪︎最低レアリティ星1、コタマ・セリナの育成

神名と呼ばれる、レアリティを上げられる資材の消費先としてユウカよりも優先して良いキャラ2人だ。最低レアリティのため、初期ガチャ含めて最低回数引けば絶対に手に入る。

上記のユウカ・コタマ・セリナを優先して育成し、その次の優先先として手持ちの評価の高いアタッカーを育成すればゲームクリアには問題ないと思う。

⚪︎ゲームプレイについて

自分はオート機能は一切使っていない。

レベルが足りなくて高難度のゲームに相対し何度か試行するために1時間ほど費やすことは確かにあった。

とはいえ、ある程度の手動プレイで必要程度のゲームクリアは可能だと思う。

「ギリギリできそうでできない」という、日を跨いで多くの時間を費やさせるような設計にはなっていないと思う。

 

やろう、ブルアカ。

ブルーアーカイブ、評価の高いそのストーリー

もちろん、以下はネタバレを含む。

自分はネタバレを多少読んでも気にならないので、自分が気にならない程度の言及にはなるかもしれない。どのみち怪文書であることには変わりはないだろう。

そも、みんな神絵師たちの二次創作をあるていど浴びてからブルアカをプレイする人がほとんどなんじゃないの。

そういう境遇のもとブルアカを始めるのならば、俺の怪文書だって読んでくれたっていい。読まなくたっていい。

 

…………

とにかく、ブルーアーカイブのストーリーは評価が高い。

最近、なんかの賞も獲っていたのではないだろうか。

そのイメージからして、思い浮かぶのはFGOだった。Fateの持つ複雑な背景を活かしたストーリー。そして、ストーリーを読むためにゲームをプレイする必要のあるデザイン。その労力に見合ったカタルシス

そういう期待と不安がブルアカをプレイする前にはあった。ゲームに臨むと広がる遠大な道のり、魅力的な景色、その先に待っているだろう結末に惹かれてゲームに引き込まれていく……期待と不安。

しかし、当然ながらFGOとブルアカは、まったくちがう。思えば、当たり前のことである。

FGOの二番煎じが評価を得るほど、発展してソーシャルゲームの世界は甘くない。

ブルーアーカイブ、そのストーリー道半ばの山小屋までたどり着くことのできた自分の脳裏に浮かんだ言葉は、前評判を覆すものだった。

ブルアカは、ストーリーが良いわけじゃない。

 

「ストーリー」とは、自分にとってストーリーラインのことだ。漫画で言えば、ネーム、映画で言えば脚本だろうか。

だから、自分にとって良いストーリーには驚きや感心が必須だ。

想定を裏切られる快感、伏線の回収される動きの美しさ、それ以前の設定や背景の意外性も含まれる。

そういう意味に限定すれば、ブルーアーカイブは「素晴らしいストーリー」では、ない。

儒教的とも思われるほどに繰り返される、先生と生徒、大人と子供のモチーフ。それをディストピアや終末後世界の設定で彩り、ストーリーラインとしては意外にも『シャーロック・ホームズ』や警察小説的な因習や陰謀の渦巻くミステリ冒険小説に近しい読み応えを感じた。

そう、極めてクラシックな王道要素の組み合わせになっているのだ。

もちろん、ブルアカのストーリーは消化するときに快感がある。しかし、その快感は前述の「素晴らしいストーリー」に因るものではない。

いつか目にした素晴らしいクラシックな名作の美味しいところを組み合わせたにも関わらず、崩壊せずに形になっている。

「素晴らしいストーリー」の持つ驚きや感心とは真逆とも言える、クラシックからなる安心に因る快感がある。

俺は「ブルアカのストーリーは『素晴らしいストーリー』なんだ!」という先入観があった。FGOのプレイ経験があったからかもしれない。

そのせいで、エデン条約2章において、「裏切り者」はきっとヒフミなのだろう、と思い込んでいた。しかし、積み重ねられた伏線通りにアズサが「裏切り者」にあたり、なんだかガッカリしてしまうというような副作用があった。これは俺の固定観念と思い込みの強い性格が悪いのだ。

同時に、思い込みとブルアカのストロングポイントに気がついた。

ストーリーじゃなくて、キャラが良いのだ。

 

キャラクターとストーリーは切って切り離せない。

キャラクターが良くなければストーリーは良いものには成り得ず、逆もまた然りだ。

キャラクターとストーリーは相互関係にある。それにも関わらず、自分が「ブルアカはストーリーじゃなくてキャラが良いのだ」という気づきに至ったというのはどういうことか。

素晴らしいストーリーラインだけがあるとする。その内容を知るとする。「素晴らしいストーリーライン」だけ聞いたところで、感動はできない。「なるほど、すごいことが起きるかもしれない」とは思う。とってもかっこいい革ジャンを見つけても、実際に着てみるまではわからない。

実際に読者の気持ちが動かすためには、キャラクターが必要だ。

別に身長が低いのに、デブなのに、ガリなのに、革ジャンを買っても無駄なわけではない。センスやアイデアさえ必要でなく、その人が革ジャンの着るにあたっての知識があれば良い。中身が必要なのだ。

ブルーアーカイブのキャラクターには中身がある。どこかで見たような見飽きたキャラクターは1人もいない。本当に1人もいないのだ。100人に迫るか越えている全キャラクター。1人くらいはいわゆる「つまらないキャラ」がいたって良いとさえ思う。むしろその方が、たまに食べるカップヌードルが美味いように、安心感があり、いつの間にかそんな「つまらないキャラ」が1番の推しになったっておかしくないのに。それなのに、1人もそんなキャラはいない。

一見はどこかで見たようなキャラクターだと思って触れてみれば、描写と人間性に満ちていて、個として立っている。

嗚呼。本当に、嗚呼という気持ちだ。このままハナコのことに触れてしまいそうになっているからだ。先に言うと、俺はハナコに触れたときにこのことに気づき感動し、惹かれてしまったのだ。しかし、ハナコのことを話すには早すぎる。もっと後半。もっと多くの人が長文に飽きて読むのをやめてしまったあたりに世迷言は取っておこう。

ストーリーの話に戻ろう。

前述のように、ブルアカのストーリーラインは王道な娯楽小説(直木賞的な、ミステリ、SF、恋愛による娯楽小説)といった定番の安心感がある。

そのストーリーを実際に動かしているキャラクターたちがすごいのだ。全員に中身があり、人間性がある。だから定番のストーリーは活き活きと彩られ、結果的に「素晴らしいストーリーのゲームだ」と感じるに至るのだ。

ただ、ストーリーラインとして意外なものがなくても、完成度は高い。なぜなら、神話的ファンタジーとSFとミステリを組み合わせて崩壊しないなんてことはとても難しいことだからだ。

そんな物語を形成しようとすることは、遠大にすぎて誰も理解できないような複雑なことになるか、もしくは穴だらけで納得のいかないものになるか、そんなリスクが非常に高い行為となる。そういう物語にガッカリした経験がある人も多いんじゃないだろうか。

意外だったのは、やはりミステリっぽさがあるということだ。

ブルアカの持つ雰囲気としてSFっぽさはもちろんデザインからも感じられるし、世界の構造もSFの要素がかなりある。そして、少し触れていったところで宗教と神話のエッセンスを感じる。個人的には先生と生徒、大人の子供のモチーフに対する理想が語られるときに儒教などの古くからある思想をも感じられるところだ。

しかし、SF・宗教や神話のファンタジー・思想からなる因習によって巻き起こる陰謀をミステリの要素で語る──、『ドラゴンタトゥーの女』で知られる『ミレニアム』シリーズのような語り方がされているというのは意外だ。もちろん『機龍警察』と比較して語ることも可能だが……思い入れのありすぎる作品を引き合いに出すことは難しい。とはいえ『機龍警察』のことを思い出さなかったかと言われれば否である。それはとても嬉しいことだった。

『機龍警察』の持つSF・因習・ミステリ要素とブルーアーカイブの比較は、思いつけばまた違った記事で書きたいところだ。

キャラクターがみんな銃器を携えている以上、「誰が誰を害したのか」「誰が誰を害そうとしているのか」というような話になりやすいのもミステリを感じさせる一助となっているだろう。「誰があの人を殺したのか」これが語りの中心にある以上はミステリと言ってもなんの問題はないだろう。

組織のセクション分けがしっかり描かれているのもまた、面白いところだ。

組織が数多く描かれ、力関係が生まれるのであれば、ストーリーにもキャラクターにも厚みがグッと増す。

園都市、組織、人間関係

ゲームをプレイするとき、ストーリーの厚みはプレイ感に大きな影響を与える。

基本的な各学園都市には生徒会があり、その生徒会同士の力関係によってストーリーは動いていく。そのおかげで、ストーリーを感じるとき個の動きというよりも集団の動きを感じる。簡単なことだけれど、これだけで読者はストーリーに対して厚みを感じる。

もちろん、生徒会には生徒会長がいる。各組織ごとに、代表者がしっかりと定められている。権力・カリスマ性・実際的な武力──それらを兼ね備えた人物が描かれる。

僻地に存在する隠されたカリスマのホシノ、治安の乱れた大都市の統制を一手に担うヒナ、歴史に裏付けられた陰謀渦巻く連邦都市で未来視の異能を持つセイア、かわいいキャラクターたちはみんな分厚い設定を持っている。

そんななかでも誰しもが銃器を持っているおかげで、「最強」を感じさせるキャラクターは素晴らしい魅力を放ってくれる。前述のヒナがそうであり、散々ヒナの強さを描かれたあと、実は辺境で砂漠化と借金に苦しむホシノに対してある種の憧れをヒナが抱いていると明かされたりもする。

セイアの所属するキリスト教色が感じられる学園都市で「最強」の名を欲しいがままにするのはミカだろう。

ミカは萌えキャラソシャゲでやるには難易度が高そうな、ダークヒーローとしてしっかり描かれている。その強さの描かれ方は最終章までは随一で、本当にミカには誰も敵わないのかとさえ思わされる。加えてミカがゲームキャラとしても性能が異様に高いというのもまた、説得力がある。(とはいえヒナもホシノもイベント衣装として最強の性能を持っている)

強さだけではなく、異能の描かれ方も充実している。

未来視を持つセイアはもちろん物語の根幹に関わるが、廃された学園の生徒のアツコに「王の血脈」を持っているということが今後物語にどういうふうにかかわってくるのかも楽しみだ。

 

このように、ブルーアーカイブの面白さはキャラが根源となっていると言って差し支えない。

ストーリーにキャラが噛み合っているというよりは、キャラにストーリーが噛み合っていると言う方が正しい。

前段で『シャーロックホームズ』シリーズを彷彿とさせると言ったのはそのためだ。

『シャーロックホームズ』シリーズも、主人公ホームズの凄さが全編にわたって描かれる。その才能、能力に読者が舌を巻いたあと、そんなホームズに匹敵する悪人が登場するとき、読者は物語に強く惹き込まれることになる。

たった1人でゲヘナ学園の治安を維持するヒナが一目を置いているホシノに、読者もまた一目を置くこととなる。

そんなヒナは実は生徒会長ではなく、とてつもなく破天荒なマコトが率いる万魔殿が生徒会であることが明かされる。

ゲヘナ学園と正面から相対するトリニティ総合学園には生徒会長が3人いて……というふうに物語に引き込まれていく。

……そうは言うけど、じゃあお前は『ホームズ』をヒナに感じたってことか?

そう問われれば、「ちがう、浦和ハナコだ」と俺は答える

浦和ハナコから見る、ブルーアーカイブのキャラクター

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俺はインターネットをやっているので、ブルアカをやる前から知っているキャラたちがいた。

それはヒナであり、ホシノでもある。何より陸八魔アルに惹かれて俺はブルアカを始めた節もある。

アルはきっと、理想に邁進しているけれど失敗ばかりで……それなのにいつも仲間たちの中心には彼女がいる。きっと彼女はやるべきときにはやる人間なのだ。

そう思ってブルアカを始めて、実際にその通りであったことがとても嬉しかった。

俺はホーム画面はアルだし、絆ランクも優先して上げている。

でも、浦和ハナコ、彼女は違った。

俺はブルアカをやる前からハナコを知っていた。

彼女は「あらあらうふふ、と持ち前の露出癖で主人公を誘惑し、必要なサービスカットも充分に埋めてくれるそんな人なのだろう」「だからこそ登場が多く、ファンからも面白く愛されているのだろう」そう思っていた。

卯月コウに言わせれば、「平成に取り残された古き良きお色気キャラ」だと、俺だって思っていた。

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しかし、実際は露出癖ではなかった。嗜好でもなく、思想さえ超えて、もはや理念だった。

「そんなことある?」俺はそう思った。俺の今まで見てきた脱ぎたがりのキャラクターたちはみんな、大した理由もなくただ脱いでいた。それで充分だと思っていた。実際にかわいく、エロく、面白くもあり、充分に楽しませてくれている。そこに、理念を持たせるなんてことがまさか、あるなんて思いもしなかった。どんなアイデアなんだよ。いや、たしかにideaではある……もはや、彼女が脱ぐのはイデオロギーでさえあるんじゃないか……俺は今も混乱の最中にいる。

主人公である「先生」は、トリニティ総合学園を水着姿で闊歩するハナコと出会う。

彼女はいつも言う「水着で歩くのは、とっても解放感があって素晴らしいんですよ? あなたもどうですか?」

彼女は学園の治安維持組織である「正義実現委員会」に逮捕されていた。

素行も悪く、成績も悪い彼女を、トリニティに相応しくなるよう教育することを先生は求められる。それが素行も成績も悪い生徒を集めた補習授業部の一員にハナコが入ったきっかけとなった。

しかしそれは、全部嘘だった。

彼女は目の前に出された問題全てに解答をすることができた。彼女の能力を求めて、多くの人が彼女に近づいた。求められた要請や振る舞いに対して、ハナコは完璧に応えた。次第に彼女は思うようになる。「みなさん、何を求めて私のもとにいらっしゃるのでしょうか」

ハナコは全てを辞めた。いや、辞めたということにした。実際に辞めることなどできない。彼女の高い能力は持って生まれたからこそ、手離すことなんてできない。まるで呪いのように。

ハナコは思えば自分の大好きな下ネタの話題に興奮したときでさえ、礼儀正しい言葉遣いが崩れることはない。礼儀正しく丁寧な常に相手に尊敬の心がある言葉遣いは糊塗したものではなく、ハナコの根本的なものだからだ。

テストは全て間違って答えを書き、自分の好きな格好でやりたい振る舞いをすることにした。この自棄になった行為でさえ、暴力を振るったり規範を犯すような、人を傷つけるようなことは選ばなかった。倫理を犯さないギリギリの露出行為として水着で学園を徘徊しているのだ。自分に嘘をついてやりたくないことをしてまで自棄になったアピールをする必要もない。ただ、自分のやりたいことの中から、今まで能力を求めてきた人たちが失望してしまうことだけを選んで行うことにした。きっと、それでも自分を求める人が現れたとき、その時は心を開いても良いとも思っていたのではないだろうか。

その上での選択が、「何にも縛られないあるがままの姿でいること」だった。そうできないからこそ、理想足りえる。やりたいことになり得るのだ。

彼女は、素肌で自然を感じることを好んだ。

水の流れ、風の流れが素肌を撫でているそのときだけは、「ああ、今自分はあるがままの姿でいられているんだ」と、肯定されたような気持ちになれるからだ。

トリニティという高貴と規範を重んじる環境だからこそ、定められたルールの中でできるだけ裸に近い格好でいることが、自分の能力しか見ていない人に失望を与え、またそれで自分にとって理想となる状況を作ることができる。それが彼女が脱ぐ理由だ。イデオロギーと言っても差し支えないのではないかと思えてしまう。

そんな彼女が補習授業部の仲間たちで、プールを掃除しながらみんな水着で水をかけ合いながら遊んでいるとき、彼女はどう思ったのだろうか。

今軽く調べると、ハナコの考察を深めている文章は意外と多くあった。検索上位にさえ出てくるくらいに。きっと、ハナコの考察はファンの中で深められて一定の答えが出ているのかもしれない。でも俺はもう、自分が同担拒否だと認識してしまっている。だからあえてすでにある考察は読みたくない。ハナコのことをわかっているのは、俺の中では俺だけでいい。

俺の中でのハナコの解釈は、最終章までのストーリーと通常ハナコと水着ハナコのモモトークからなるが、ブルアカは最終章以降も話がすでに出ているし、モモトークは開放しているところまでしか読んでいない。あえて各wikiハナコのページも読んでいない。自然に絆ランクを進めていきたいからだ。

とはいえ、この俺の解釈が大きく外れるような展開は今後ないのではないかと思う。

彼女は先生と2人きりのとき、まるで年頃の少女のような悩みを垣間見せる。

親に対しての納得の行かなさを吐露することもあれば、「自分だってみんなみたいな女の子らしいことがしたくなるときだってあるんですよ」と漏らすことがある。

ハナコは、自分の振る舞いによって人を驚かせたとき「……なーんて、冗談ですよ」と後から付け加えるときがけっこうある。先生に迷惑がかかりそうだと思うやいなや、帰りそうになって先生が引き留めるというシーンさえあった。自分を守るために、自分の好きなことをしているが、自分の振る舞いによって人を傷つけることを人一倍気にしているからこそ、そんな後付けが多い。

これらは俺がハナコに対して好意的であるからそう感じているところもあるような気がする解釈だ。でも、これらの発言や振る舞いが、俺の解釈への助けとなっているようにも感じる。

 

ハナコは補習授業部との出会いによって「ありのままの自分でも大切に思ってくれる友達」を知り、「自分の能力で大切な人たちを守れる」のだと気づく。

物語が進むにつれてより強く渦巻いていく暴力と陰謀に、ハナコの能力は存分に活躍する。

自分の高すぎる能力に対して屈託があり、変人然として振る舞うことで、取るに足らない人間を遠ざける。だが、大切な仲間ができてからは懸命に持ち前の能力を活かして問題の解決に取り組む。

俺はそんなハナコのキャラクター性に惹かれてやまない。世界で最も有名な探偵のキャラクターも同じ理由で、また然りだ。

 

ブルーアーカイブのストーリーに、意外性も、驚かされる伏線回収もない。

ここまで書いた今でさえ、俺はそう思う。

でも、ブルーアーカイブのキャラクターには意外性も、驚かされる伏線回収も数多く存在する。

「良いストーリーとは何か」ということの奥深さへの造詣が深まる、良い機会をブルーアーカイブというゲームからもらったように思う。